<小池裕二郎プロフィール>


1945年静岡県浜松市に生まれる。六歳から笛等のお稽古ごとを始める。元来の手先の器用さから東京で舞台の鬘(かつら)の職人の世界に入る。憬れの福原百之助師と黒御簾で出会う。後に福原流に入門。笛作りも本格的になる。1975年家業料理柳川亭の三代目となる。現在自分の開発した笛で未開の分野の音楽と独自の音色を追求している。
 1999年9月、瀬戸内寂聴氏の口語訳「源氏物語」の講演、朗読に笛の演奏を依頼され、作曲、演奏する。誰でも楽しく吹ける笛の篠音会(しののねかい)笛塾主宰。
浜松市ヒューマンセミナー講師。中日文化センター講師。浜松市伝馬町 料理「柳川亭」主人。




<柳川亭 紹介>


TV放送
「草薙署のデカ」

山口智充氏と
浜松「柳川亭」にようこそ
どじょうと鰻の専門料理店です。歴史は長く浜松ではトップクラス、浮き沈みの激しい料理業界にあって、柳川亭の味と腕とサービスで百二十年営業を続けています。評判やインターネットの情報により、全国各地からお客様がお見えになります。中には笛の演奏リクエストや、笛の演奏を聴くのを目的としたお客様も増えました。美味しい看板料理「柳川なべ」、うなぎの蒲焼でも召し上がって、香り、嗅覚、味の味覚、塗りの器や陶磁器を見て視覚、触って触覚、残りは聴覚です。彼の北大路魯山人も音まではその感性に無かったであろう、我が世界、五感全てでご堪能下さい。お客様の要望があれば即演奏会となるのが柳川亭のサービス、これも是非味わって見たらいかがでしょうか。主人も満足でしょう



                <歴史>

明治十五年創業、浜松市伝馬町江間殿小路、別称「旨いもの小路」に開店。隣家に尾張屋という有名な映画監督、木下恵介氏の生家がありました。初代小池小三郎は文久三年、江戸の人、日本橋の高級料理屋「近参」で修行、職人を引き連れ、鰻と遠州の黒どじょうの産地浜松に店を出す。料理業界と地元産業界の発展のためとして花柳界の浜松中央検番創設、隆盛なる頃は七百人の芸妓を擁し、芸事などのレベル向上に自ら指導、相勤めました。現在は二十数名の老妓が残って奮闘しています。この世界にも後継者不足で絶滅が危ぶまれていますが音楽の街浜松の伝統文化の一つに残して置きたいものです。
座敷のみの高級料亭を二代目礼三が誰でも入りやすい店として昭和九年改装、柳暗花明の環境に馴れ親しんだ二代目は、大正の上野の音楽学校や長唄の修行、演劇評論家としても知られ、歌舞伎座の図書室に保存される「劇友」誌に劇評、舞踊評に下座音楽評など多くが残されている。戯曲朗読の梨の葉会を主宰して戦前のNHK放送でも活躍、多くの俳優を排出した。前進座創立当初から浜松前進座後援会、中央料理組合と検番理事長の立場で応援をし、座を芝居を生涯愛し、河原崎国太郎丈とも親しくしていた。長子小池章太郎(現跡見女子大教授)も前進座の文芸部長、劇作家として知る人ぞ知る。興味ある方は、「小池章太郎」で検索してみてはいかが?次男小池裕二郎は柳川亭三代目主人として現在に至っています。料理、芸能、笛の三代(題?)咄しですお後がよろしいようで・・・。



              <恒例の行事>  

恒例行事として、年に一度お客様への感謝で、九月中旬より二週間だけ「秋の味覚祭り」を行っています。メニューは、柳川なべのごぼうに変えて、松茸を鍋に敷き並べ、どじょうと卵を秘伝の割下でとじた、「柳川のまつたけ下」と栗御飯、まつたけの吸いもの、デザート付き 料金税別5,000円で提供します。
戦前から柳川亭のオリジナル料理として食通、名士に知られ、三代目が復活、毎年東京、大阪、わざわざ楽しみにして見えるお客様が多いです。但し、予約の方のみです。江戸の粋な料理、野暮でない通人、粋人、いなせなあなた、一度お試しを!

TV放送
「遠くへ行きたい」
「大変美味しい
さすが看板料理」

渡辺文雄氏

料理

店内

二代目
小池礼三

初代
小池小三郎

中央検番事務所

浜松中央芸妓一覧
より

昭和九年
柳川亭新装
電話46番(浜松初)

1934
昭和九年
店内

浅草生まれ
浅草育ち
二代目柳川亭女将
クリック

同左
二代目
小池ツナ子女将
クリック
静岡県浜松市伝馬町310−6
柳川亭
TEL 053−452−4778
FAX 053−454−9879
メール

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